大震災を通じて感じた違和感

March 16, 2011 - 雑記

大震災から早くも5日が経過しました。

私は東京で震度5を体験しました。感じたあの揺れの大きさは今も鮮明に残っています。現在も余震が続いていたり、様々な二次災害が続いていますが、これまでに感じた違和感を書きだしてみました。

全然まとめにもなっていないし、多くは「感覚値」でしかないですが。

情報の信ぴょう性

テレビというかマスコミの信ぴょう性って今に始まったことではないですよね?

今回の地震を発端としてさらにひどさが際立っているのは確かだけれど、受け手の判断基準に任されているというのはこれまでと同じ。テレビは「正しいことを伝える媒体」ではなく「話題を提供する媒体」でしかないと思います。

※いま話題になっている事柄についての意見はここでは述べるのは辞めておきます。

ソーシャルメディア上の振る舞い

で、Twitterなどソーシャルメディアにおいても同様。

地震発生後から、TL上にとにかくたくさん知らないアカウントのツイートが嫌というほど流れてきた。 現在は落ち着き始めているものの、まだ多いのは確か。RTされるツイートには、感動話、批判話、同情話、ネタなどさまざまで、無責任なRTで溢れかえっていたというのが正直な感想。そもそも、「あんた、誰よ?」。

プライベートで使用しているアカウントではアーティストを中心にフォローしているのだけれど、この人達のRTがひどい。拡散希望を募り、自分のアカウントを媒体にRTしまくる。行方不明者が見つかるかもしれないという可能性は否定できないけど、その拡散の責任を負うのはアーティスト達ではない気がします。

RTされて有難いと思えたのは、被災地の画像でした。事実としてそこに存在する被災風景。気ままで演出好きなだけのマスコミからは伝えられないその事実を伝えようとしてくれることには感謝したいです。

次々と立ち上がる被災支援Webサービス

地震が起きてまもなくGoogleがperson-finderというサービスを立ち上げ、そのスピードには驚きました。 そしてその後たくさんの被災関連のサイトが乱立。Twitterのツイートを被災地ごとに整理するのもや、特定のハッシュタグをまとめるもの、独自のハッシュタグでのツイートを強いるものや、独自データベースに情報を登録してくださいというものなど。

「なんとか役に立ちたい」という気持ちは理解できるけど、利用者としてはどれを使ったらよいのかわからないのでは。結局GoogleやYahooが提供してくれる情報サイトに落ち着いているのではないでしょうか。

やるべきことは、「データベースの集約」と「情報入手経路(媒体)の充実化」では。

そもそも、生み出したそのwebサービス、役目を終えるまでメンテを続けられますか?

危惧していること

というか、揺れたときみんなツイートしすぎw

ツイートするのに必死で、逃げ遅れたとか笑えないですよ…